23em(2001) Paris-Dakar Rally

15年越しで出場、完走を果たして

 オフロードバイクに乗ったこともないのに、パリダカにでるんだ! と決めてから15年が経ちました。最初は5年で達成しようと考えていましたが、行くからには完走しなくちゃと一発完走を目指し準備をし、さらに市議会議員になってしまって普段の練習が全く出来なくなったこともあり、気が付くと15年が過ぎ去っていました。

 準備万端。絶対に完走できると自信を持って望みましたが、さすがにパリダカ。他のラリーとは全くの別物。世界一過酷と言われるだけはありました。砂丘対策は万全で、砂丘は楽しくてしょうがなかったのですが、ガレ場(岩だらけのところ)がすごかった。スイカぐらいの大きさのとがった岩が一面ごろごろのところが何キロも続いたり、玉砂利が一面広がっている断崖絶壁の急な下りが頻発したり、私にとってはパリダカは砂丘ではなくガレ場のラリーだと感じられたぐらいです。

 完走は出来たものの、持てる力を全て出し切って達成できたというのが現実です。パリに帰って、箸も使えない、自力で起きられない、全ての指に力がない、体重が8kg減っている、チャックも開けられない等々、とにかく体はボロボロでした。

 それだけに完走した喜びは言葉には出来ないものがありました。15年思い続けてダカールの蒼い海を見ることが出来て幸せでした。

 パリダカのすごさはコースだけではありませんでした。運営システムから何から何まで全てが越えていかなければならないものです。日本のイベントのように過剰(?)なサービスはありません。十数カ所の書類審査を経て、その後一切は「案内に書いてあるとおりです。」ということで、なんら説明はありません。各国の出入国手続き、両替についても、自分で情報を得て対応しなければなりません。ぼっとしているとやり損なってアウトです。毎日のビバーク(キャンプ場)もその日ごとにレイアウトから給油の位置までてんでバラバラ。何から何まで自分で積極的に情報を探して対応していかないと、何にも教えてはくれないのです。「パリダカにくるんだからそんなことはわかって当たり前」という主催者の姿勢が出ています。

 こうして21日間、コースを走るだけでなく、移動の生活全てを含めてどうやってダカールにたどり着くのか?全部含めてパリダカという競技なののです。ベテランの山田秀晴さんから「全てが試されるよ」と聞いていましたが、まさにその通りでした。言い訳しても何にもなりませんし、自然の中ではごまかしが通じない。自分自身がそのまま出てしまいます。よくもまーこんな競技を考えたものです。面白くて仕方がありませんでした。

 競技としてのパリダカの面白さの一方、その通過する大地の広さ、国の変化等、そのスケールも大きく、色々なことを感じさせてくれました。

 通過する国の間にまともな国境はありません。フランスとスペインの間も料金所程度のものがあるだけです。しかしそれを境に建物も通過も人々のノリも何もかもが変わってしまいます。アフリカでも国境らしき場所に旗が一本立っているだけだったりしますが、明らかに人々の様子は変わります。レポート文中にも少し書きましたが、特に子供達の表情が全く違うのです。何にも事前知識がなかったにもかかわらず、それぞれの国の政治体制がどのようなものなのか、直感的に感じ、わかってしまうのです。(帰国後調べてみると予想通りでした。)政治というのはこれほどまでに大きな影響を持つのだと言うことが実感されました。誰がなっても同じ、とよく聞きますが、そんなことはあり得ない。政治の影響のすさまじさ。身にしみました。

 ふと、日本の子供達を同じ視点で見たときにどうなのだろうとも考えてしまいました。私の住む草加のような首都圏の子供達を第三者の視点で見たとしたら・・・。物質的には豊かな国ですが、アフリカの国々の子供達と比べて瞳は輝いているのか?答えは厳しいものです。皆さんはどう感じるのでしょう。

 通過した6カ国、全てに共通して言えたことは、どこの国の人々も、参加している十数カ国の人々も、人種の違いなど意識せずに皆フレンドリーで暖かい人々であったということです。中には当然そうでない人もいますし、その親切さの背後に目的を持った人達もいました。しかし、圧倒的多数は他者に対して寛容で暖かく、そこに国の違いはありませんでした。

 個人個人としてはそうなのに、世界では過去、そして現在も争い、戦いが絶えません。どうしてなのだろうと走りながらずっと考えてしまいました。国と国、民族と民族が争う理由。複雑で歴史的なものも多々あることでしょう。しかし、一人の人間同士としてみた場合には、その理由は見あたりません。まさに政治の貧困さが生み出すものとしか思えませんでした。戦争は絶対の悪のはずです。ただ、小さな子がお母さんに抱かれながら一緒に手を振っているのを見たときに、ふと感じました。こうした純真で邪心のない人々を抑圧し、迫害するものがあるとすれば、それに対する戦いは生まれてくるにちがいない。他人を傷つけようとするものから自らを護るために行われる戦いは、必然的にうまれてしまうだろうと・・・。

 私一人の力は本当に小さくて大したものではありません。でも、小さな一歩からしか何ものもうまれてはきません。わずか6つの国を駆け足で通過しただけですが、そこで出会った素敵な笑顔、優しさが絶えないように、そしてさらに広がっていくように、自分に出来る何かをしていこうと思います。

 パリダカールラリーは、2輪4輪で誰が一番速く走れるかを競う競技です。しかし、その中には本当に多くのものが詰まっていました。ここに書かせていただいたことは、そのほんの一部でしかありません。理屈ではなく魂で感じることが数え切れないほどありました。

 こんなものを創ってくれた、ティエリー・サビーヌに、喜んで励ましてくれた家族に、支えてくれた多くの人達に、心から感謝しています。

2001.03.01




あなたも参加しませんか?あなたも参加しませんか?

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